京都大学 防災研究所 水資源環境研究センター 社会・生態環境研究領域

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エジプトとの共同研究成果

エジプトとの共同研究成果(王家の谷の洪水対策)が毎日新聞に掲載されました。

研究の背景

近年,中東・北アフリカ地域の乾燥・半乾燥地域のワジ(涸れ)川流域において,フラッシュフラッド(集中豪雨災害)が頻発しており,地球温暖化の影響とも指摘されます。エジプトでは2010年1月に大規模なフラッシュフラッド災害が発生し、その後も災害は増加傾向にあり,2016年11月にも広域に渡って洪水被害が発生しました。

ここで、ワジの洪水の特徴は,

1)平常時は全く水が流れていないが、降雨時にはほとんど地下に浸透せずに表面流出となり、急激に洪水流が押し寄せてくる,2)河床には砂を中心に、角礫を含む砂礫が厚く堆積し、洪水時には短時間の急激な土砂移動が発生していることが想像される,3)表流水はないが、砂礫層の下に地下水が流れ、これを取水して生活するために、ワジ近傍に農地や住居が所在している,4)人口増加により居住地域の拡大が求められワジの下流地域が土地開発されるケースがあり洪水リスクが増大している,ことにあります。

このようなワジのフラッシュフラッド対策では、ハード対策(洪水貯留施設などの建設)とソフト対策(降雨-流出モデルに基づく予警報システムの導入、土地利用計画など)を組み合わせた多面的なアプローチが重要です。このうち、ソフト対策としては、京都大学防災研究所で開発され、ワジの洪水対策検討に資するように改良を加えた降雨-流出モデル(Hydro-BEAM-WaS)と衛星リモートセンシング画像を用いた降水観測システム(GSMaP)を組み合わせた流出モデル検討などがこれまでに行われていますが実用化には至っていません。一方、ハード対策としては、高さ5-10m程度の低堰堤が洪水流の軽減目的で複数建設されているものの、近年、洪水外力が増大し、また施工方法にも課題があり損傷や決壊が頻発してい ます。

そこで,私たちは,ハード対策として,分散型の一時貯留施設(小規模ダム)を上流域に複数設置し,下流に対する洪水流下量を低減させる方策について検討するとともに,,ソフト対策として,氾濫計算に基づく洪水ハザードマップおよび被害実績に基づくリスクマップの作成とリスクコミュニケーションを検討しています。なお,このような地域では,洪水は貴重な水資源の獲得機会でもあり,小規模ダムの貯留水を地下水涵養させることによって新たな水資源開発を行う試みが検討されており,サウジアラビアやオマーンなどで先行事例があります。

現在,エジプトおよびオマーンを対象地とし,上記のハード・ソフト対策との組み合わせにより「防災」および「水資源開発」を複合的に目的とするフラッシュフラッド対策について検討し対応方策の提案を行っています。なお、この研究は、2015年に発足したGADRIの課題別ワークショップに位置づけられ,参加主要メンバーとの国際共同研究でもあり,これまで2015年10月に防災研究所にて「第1回国際シンポジウム」を,また,2016年にエジプトの紅海側の都市El Gounaにおいて,ベルリン工科大学と共同で「第2回国際シンポジウム」を開催し、大きな成果 (参照) をあげることができました。2017年は,GU-Tech in OmanやSultan Qaboos大学などと共同で「第3回国際シンポジウム」をオマーンのマスカットにおいて開催する予定です。

王家の谷の洪水対策

これまで,フラッシュフラッドの検討は比較的大きな流域面積を有する地域を対象として行われてきました。一方,エジプトには多くの歴史的価値が高い古代遺跡が多数存在します。ルクソールにある王家の谷は小さい流域ですが,世界で最もよく知られた文化的価値が高い古代遺跡の一つです。1994 年王家の谷において大規模なフラッシュフラッドが起こり,流出した水や土砂が遺跡にある王の墓に流れ込み大きな被害をもたらしました。これを受けてエジプト政府は減災対策として水の流入を防ぐための壁の建築や道の整備を行いましたが,このような小流域では,降雨や地形データの不足により水文研究が十分ではなく,これらの対策が効果的なものかどうか調べる必要があります。

そこで本研究では,王家の谷のような小流域でのフラッシュフラッド洪水対策について,以下の観点から研究を実施しました。

(1)王家の谷におけるフラッシュフラッドのリスク評価

(2)将来起こりうる激しい降雨を基にした効果的な減災措置の提案

(3)データが不足している乾燥地帯においてフラッシュフラッドの再現性を高めるために必要となる要素の検討

洪水流出計算にはフランス電力公社(EDF)の開発したTELEMAC-2Dモデルを用い,また,降雨については,実測データや衛星を利用した降雨データがないため,先行研究で用いられたデータを利用し,1994 年のフラッシュフラッドをシミュレーションし遺跡に残った水の高さを使ってモデルの検証を行いました。また,減災対策として建設された壁をモデルに組み込み,1994 年の降雨および 50 年,100 年,200 年確率降雨による流出計算を行い,その結果からフラッシュフラッドのリスク評価を行い,歴史的価値を考慮して総合的に効果的な減災対策を提案しました。

現在の王家の谷において 100 年確率クラスの降雨が起こると多くの墓が浸水することが明らかとなりました。このため,既存の対策は十分とは言えません。コストを抑えた最低限の対策として,壁を現状より 50cm 高くすることが提案されます。また,より効果的な対策として,水が溜まらないように王家の谷内の窪地を除去し壁を作り直すことが提案されました。

論文

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